京都大学 沿岸複合生態系

4.沿岸複合生態系プロジェクト

1.プロジェクトの概要

沿岸海域生態系は資源生物生産力と生物種多様性を兼ね備え、人類にとって社会経済的価値が極めて高い生態系であると言えます。沿岸複合生態系プロジェクト(正式名称:沿岸複合生態系の変動機構に基づく生物資源生産力の再生・保全と持続的利用に関する研究)は、沿岸海域は相対的に独立しつつも相互に連環する複数の個生態系から構成される複合生態系として成立していると考え、①個生態系の構造・機能・変動・および相互連環を海域間で比較すること、②津波による撹乱後の複合生態系の成立過程を追跡すること、③生態系サービスを尺度として複合生態系の機能・変動を定量的に示すこと、④生態系サービスの定量評価に基づいて複合生態系を保全し、持続的・効率的に利用する方策を構築することをねらいとしています。
本プロジェクトは東京大学大気海洋研究所と京都大学フィールド科学教育研究センターをはじめとする研究機関が協力して実施している文部科学省国家基幹研究開発推進事業の海洋資源利用促進技術開発プログラムです。2011年度(平成23年度)に開始され2020年度(平成32年度)まで実施される10年間の研究プロジェクトです。主な参画機関と研究課題は以下の通りです。

・東京大学大気海洋研究所:大槌湾における物理環境と物質循環および低次生産。ニシン、アワビ、アサリの生態。
・京都大学フィールド科学教育研究センター:丹後海における物理環境と物質循環および低次生産。ヒラメ、スズキ、ナマコの生態。
・水産総合研究センター:ニシン、ヒラメ、スズキ、アサリの生態。
・香川大学:アサリの生態。
・広島大学:ヒラメ、スズキの生態。

2.京都大学における沿岸複合生態系プロジェクト

要約(平成24年度研究成果報告書より)

沿岸複合生態系研究を、丹後海を中心に展開した。丹後海は若狭湾西部海域に位置する幅約40 km、奥行50 kmの湾であり、湾奥部には京都府の北部を流れる由良川(流程146 km、流域面積1880 km2)が流入し、湾の東西には宮津湾と舞鶴湾が隣接する複雑な構造を呈する。丹後海はヒラメ、スズキ、マナマコ、アサリ、アワビ類などの重要な海産資源の成育場であり、これらの魚種は、生活史における発育段階や季節に応じて異なる成育場・生息場環境を利用し、複合した生態系の連環の中で生産されている。丹後海におけるこのような複雑な生物生産系の構造と機能を解明するために、平成24年度は4地点に係留系を設置して海洋環境の集中観測を行った。また並行して、主要沿岸漁業対象種の生産機構を構成する栄養塩供給、基礎生産、餌生物の生態、スズキ・ヒラメ稚魚とマナマコの生態について調査を行った。

①物理環境

丹後海における物理環境と低次生産の関係を解明することを目的とし、丹後海の4地点に係留系を設置して水温、塩分、流向、流速、クロロフィル蛍光値を連続的に観測した。その結果、由良川河口沖においては低塩分水が沖に向かって表層を流れ、高塩分水が岸に向かって中・底層を流れるエスチュアリー循環流の存在が確認された。また、中・底層には時計回りの還流の存在も確認された。

②栄養塩と基礎生産

由良川から丹後海への栄養塩供給とそれに対する低次生産の応答を解明することを目的とし、由良川の下流域と河口沖において水温、塩分、栄養塩濃度、植物プランクトンの現存量と生産速度を観測した。冬季から春季に由良川の流量が増加するにつれて栄養塩濃度の流入量も増加し、2~4月頃に由良川河口沖において植物プランクトンのブルームが確認された。一方、夏季から秋季には由良川の流量が減少するにつれて海水が河床をつたって由良川下流域に進入し、淡水と海水の境界付近に植物プランクトン現存量の極大が見られた。本水域における植物プランクトン生産の制限要因は主に水温(冬季)と光(夏季)であると考えられた。

③餌生物生産

仔稚魚の餌生物として重要なアミ類、コエビ類、ハゼ類の生産機構を解明するため、丹後海沿岸域と由良川河口域および伊佐津川河口域において周年にわたり小型ソリネットとタモ網による採集調査を行った。丹後海沿岸域においてはニホンハマアミが優占し、冬季から春季に多く,6~7月に激減するという明瞭な季節変化を示した。一方、由良川河口域においてはイサザアミが優占したが、明瞭な季節変化は示さなかった。コエビ類については由良川河口域と伊佐津川河口域において両側回遊生態を明らかにした。また、優占ハゼ類の1種であるスジハゼには遺伝的に異なる3型が存在すること、各型は少しずつ異なる環境に生息することを明らかにした。

④スズキ稚魚の生態と成育場利用

丹後海沿岸域と由良川河口域において春季から夏季に優占するスズキ稚魚の回遊生態を解明するため、当該水域において1~7月にスズキ仔稚魚の採集調査を行った。その結果、スズキ仔稚魚は2月頃まで丹後海の中層に広く分布するが,3月頃には沿岸域に着底し、4月頃には一部が由良川に進入することが明らかになった。なお、由良川に進入した個体は7月頃まで河川に滞在すると考えられた。また、スズキ成魚の耳石Sr/Ca比を分析した結果、稚魚期に河川に進入した個体が約半数を占めることが明らかとなり、河川成育場の重要性が示された。

⑤ナマコによる複合生態系の利用

重要水産資源として注目されているマナマコの生活史を解明するため、舞鶴湾において物理環境とマナマコ出現の対応関係を調査した。その結果、成体ナマコは海域由来の有機物が堆積する水域に多く出現することが明らかになった。また、夏季には物陰で夏眠すること、舞鶴湾のマナマコ資源は低下傾向にあることも分かった。なお、稚ナマコが多く着底した水域は成体ナマコが多く出現した水域と一致していた。

⑥ヒラメによる複合生態系の利用

ヒラメ稚魚が発育段階と季節に応じて複数の生息場を利用する実態を海域ごとに解明するため、気候帯の異なる海域においてヒラメ稚魚を採集し食性と成長を分析した。その結果、ヒラメ稚魚の密度は若狭湾>仙台湾>燧灘であるが,主要餌生物であるアミ類の密度は仙台湾>若狭湾>燧灘であることが明らかになった。また、耳石の酸素安定同位体比から個体ごとの経験水温履歴を調べる際に必要となる基礎情報を得るために飼育実験を行った。