舞鶴水産実験所 メッセージ

2.メッセージ

実験所長-益田玲爾先生-

03潜ってる時

海洋生物の研究者には2種類の人間がいます.海洋生物が好きで始めた人と,研究が好きで始めた人です.どちらも好きでない海洋生物学者がいたら,かなり不幸でしょうが,それはさておき.
私自身も含めて,多くの海洋生物学者は,海あるいは海の生き物への漠然とした興味やあこがれからこの世界に入り,好きな対象へのアプローチとして「研究」という方法があることを知り,そしてその面白さに魅了された人たちだと思います.では,研究の魅力とは何でしょうか.

研究者の主な仕事は,未知の現象やことがらを発見し,それを論文にすることです.多くの場合,論文は英語で書き,審査を経て,学術雑誌に掲載されます.いったん論文にあらわされた内容は,人類に共有の知識であり,かりに明日,私が不慮の事故で命を落としたとしても存在し続けるわけです.
ところで皆さん,今晩は何を食べる予定ですか? 私は魚食系男子なので,今宵も多分,魚を食べます.と答えておいて何ですが,「今晩,自分が何食うか」よりも,「百年後に人類が何を食べるのか」の方が,はるかに大切な問題に違いありません.そして,「百年先の人類が魚を食べていけるような未来に多少なりとも貢献したい」と願うのは,水産研究者として当然の姿勢です.
そして今から百年後,人類が存続していれば,おそらく海で群れをつくる魚もいるでしょう.魚の群れについて興味を持ったどこかの国の誰かが,百年前の研究として,私がアジやイワシの群れについて書いた論文を読み引用してくれる可能性は十分にあるわけです.ですから,「人として生まれた以上,何らかの形で歴史に名を刻みたい」と願うなら,一番の近道は研究者になることでしょう.ただし,犯罪者は別です.

益田先生 写真

研究のもう一つの魅力は,世界のトップと戦えるチャンスが,少なくとも分野を限定すれば十分にある,ということです.私は趣味でテニスをやりますが,どれだけ頑張っても,トッププロと渡り合う可能性は残念ながらありません.でも研究の世界では,私自身にも,また舞鶴水産実験所で共に学ぶ他の仲間たちにも,世界のトップクラスの海洋生物学者と対等に議論する機会が普通にあります.それはそれで,エキサイティングなことだと思いませんか?最後に,『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』の作者として知られるマーク・トウェインの言葉から:
Twenty years from now you will be more disappointed by the things that you didn’t do than by the ones you did do. So throw off the bowlines. Sail away from the safe harbor. Catch the trade winds in your sails. Explore. Dream. Discover.
(二十年後に人は,やったことよりもやらなかったことを後悔するものだ.だから,ロープを解き放ち,安穏とした港から漕ぎ出そう.貿易風を帆にとらえ,冒険しよう.夢を見よう.そして,発見しよう.)


卒業生-福西悠一さん-

目の前に海の広がる舞鶴水産実験所の大きな利点は、日頃から研究フィールドのすぐそばに身を置き、研究対象となる生物に接しながら研究に取り組めることです。天候に応じて研究調査船「緑洋丸」で随時海に繰り出すことができますし、濾過海水を掛け流しで使える飼育棟では、野外調査で得られた仮説を思いついた先から飼育実験により検証することができます。こうして研究フィールドに何度も足を運んだり、飼育魚を毎日注意深く観察したりすることで、環境や生物の些細な変化に気づく洞察力や研究の新しいアイディアを得る発想力が自然と鍛えられるものです。また、地元の漁師さんとの対話から独創的な研究がうまれることもあります。このように現場で研究のセンスを磨くことは、水産研究者にとって極めて重要であり、都会にある研究室よりも恵まれています。

晩餐会にて、左から筆者、Browman博士、益田所長

晩餐会にて、
左から筆者、Browman博士、益田所長

一方、どのような研究分野であっても、グローバルな視点を持つことは今や必須であり、水産学においてもそれは例外ではありません。実験所では、大学院生でも良い研究成果が得られれば、国際学会に参加するチャンスがあります。国際的な舞台で得られる経験や人との繋がりは、一生の財産です。海外に同じ志を持った研究仲間がいるなんて、素敵な事だと思いませんか。

実際に私は、修士2回生の時に、スペインのバルセロナで開催されたLarval Fish Conference(国際仔稚魚学会)に参加する機会に恵まれました。初めての英語での研究発表はそれなりのプレッシャーで、パエリヤとワインを楽しむ先生方を尻目に、1人しらふで発表原稿を憶えたものです。「マダイとクロダイにおける紫外線耐性と紫外線回避行動の個体発生」という題目で無事発表し、質疑もなんとかこなしたその晩のこと、学会の晩餐会で学生対象の最優秀発表賞の発表があり、当時の学会長であるHoward Browman博士から私の名が呼ばれた時は、驚きと喜びで頭が真っ白になったのを覚えています。

ノルウェーラボのメンバー

ノルウェーラボのメンバー

これがきっかけとなり、博士号取得後にはBrowman博士の研究チームの一員となり、ノルウェー海洋研究所でポストドクターとして2年間「致死量以下の紫外線がタイセイヨウタラ仔魚の捕食者回避能力と摂餌に及ぼす影響」という研究テーマに従事し、その成果は国際的に著名な学術誌に発表することができました。私がこうした貴重な海外経験を積むことができたのは、厳しくも優しい的確な助言をしてくださる経験豊富な先生方と、研究について議論のできる先輩や後輩に恵まれていたからに他なりません。

このように舞鶴水産実験所には、自分を律し目標を持って努力することさえできれば、研究者としても人としても大きく成長できる環境が整っています。私もそうですが、他大学の出身者が多く、京都大学内から進学した学生らと切磋琢磨しつつ日々研究に励んでいます。大学院での研究成果次第で、在学中に日本学術振興会の特別研究員に採用される院生や、育英会の奨学金が返還免除になる学生もいます。また、研究の合間には、テニス、釣り、ハイキング、BBQ等、気の合った仲間たちと息抜きを楽しんでいます。

行動実験室にて

行動実験室にて

研究者を目指すかどうかにかかわらず、自然豊かな舞鶴で楽しみながら研究に打ち込んでみたいと思う学生さんは、是非一度公開実習に参加するなり、見学に来るなりして、雰囲気を味わってください。研究内容や舞鶴での生活、大学院入試の対策などについて、教職員や先輩から生の情報が聞けるはずです。私たちと一緒に、海や川とそこに住む生物の謎を解き明かしてみませんか?


卒業生-松井(秋山)彰子さん-

松井さんとスジハゼとカワハギ 私は博士課程の学生で、ハゼ類の生態について研究を行っています。学部時代は京都大学理学部に所属しており、修士課程から舞鶴水産実験所にやってきました。当実験所の魅力については、他の方々が熱く語ってくださっていると思いますので、私からは簡単に・・・ まず、豊かな若狭の自然を目の前にして、密な野外調査研究ができることは一番の魅力だと思います。海洋生物の飼育施設、実験設備も整っているので、飼育や実験などと組み合わせた独創的な研究を行うことが可能です。また当研実験所は魚類、甲殻類、棘皮動物、プランクトンなど様々な生物を対象にして生態学、行動学、分類学など幅広い学問分野を扱っており、自由に研究を行わせてくれるので、自分が望むテーマを追究することができます。様々なテーマに携わる人との交流を通して視野を広げ、自分の研究を様々な角度から眺めることができるのも魅力の一つです。実験所のメンバーは大変仲が良く、楽しいイベントも盛りだくさんです。そして、他の研究室と大きく異なる点として、当実験所では研究活動だけではなく、水産実験所として小中高大学生など様々な人を対象にした実習など教育・広報活動にも力を入れていることが挙げられます。これらの実習にアシスタントとして関わることで、幅広い知識と、教育・広報活動の素養が自然と身に付くように思います。

松井さん採集風景さて、話は変わりますが、良い自然科学者を目指すためには、どのような能力が必要なのでしょうか?エラそうなことを言える立場ではありませんが、自然科学者に必要なことは大きくまとめて以下の3点ではないかなと、今のところは感じています。①第一に、知を貪欲に追究できること。これは、自然科学者を目指す人であれば当然持っているものだと思います。知識の蓄積の上に、新たな発見があります。②第二に、自然を愛でる心があること。このことは二つの意味で重要だと思います。一つ目の意味として、新たな発見には、既知の事柄との違いに気付く力も重要です。「好きこそものの上手なれ」で、やはり愛する心は気付く力につながります。二つ目の意味は、倫理観によって異なると思うので押しつけはできませんが、自然を相手に研究する者が必要以上に自然を傷つけてはならないということです。データの収集に躍起になるあまり、自然を傷つけている自然科学者は少なくないと聞きます。これから自然科学者を目指す皆さんには、自然を愛し、大切にできる人になってほしいです。③第三に、私が最も重要だと思っているのは、人とのつながりを大切にできることです。研究は自分一人でできるものではありません。たくさんの方々に支えていただいたり教えていただいたりして成り立つものです。いつも感謝の気持ちを忘れず、持ちつ持たれつの関係を大切にして、良い人脈を育てていけることが、良い研究につながるのだと思っています。

松井さんハゼの冠それから、女性研究者として、特に女子学生に対してのメッセージですが、研究を進める上で出身高校や大学、性別などは大きな問題ではないと感じています。私は、野外調査を中心に研究を進めていますが、女性だからできない、大変だ、と思ったことはほとんどありません。もちろん、周囲の方々の理解や心配りのおかげでやってこられたということは大きいでしょう。当実験所にも、教員の方々をはじめ、研究員、事務の方など、男性女性を問わず、親身になってくださるスタッフの方々が大勢いらっしゃいます。とにかく、女性だからといって物怖じするのはもったいないです。とは言うものの、やはり男性に比べ女性の研究者はかなり少ないのが現状です。女性が社会から求められてきたもの、たとえば結婚・出産・育児などが研究の障害になることもあるかもしれません。家庭を持てば女性が家事や育児を任されるものという認識が、現在でも一般情勢であることには変わりがありません。しかし現在、産休・育休などを経た女性が研究者として復帰できるようサポートする制度が整備されつつあります。今後、さらに女性研究者に追い風となるシステムが多くの機関で導入されていくのだろうと思います。私自身も含め女子学生の皆さんには、そのようなシステムをうまく利用して、是非自分の夢を追いかけてほしいと思います。


博士学生-村上弘章さん-

【研究内容】
博士後期課程2回生の村上です。私は、修士課程までは分子生物学 を学んできました。学部時代は、奇しくもここ舞鶴水産実験所で育てられたカタユウレイボヤを用いて、『初期胚におけるヒストンリジン残基の化学修飾の役割の解明』というテーマで発生の研究をしました。その後、修士課程でも同じ路線で、『染色体のセントロメア領域の成り立ち』について研究しました。実験室での研究に不満があったわけではありませんが、対象がミクロなので生き物と触れあう機会は少なく、自然に接しながら研究することもありませんでした。そんな私には、いつかフィールド、特に海洋で研究がしたいという気持ちが常に頭の片隅にありました。その後、研究室訪問等を通して環境DNAというものを知り、大変魅力的に感じたため、博士課程から実験所での研究を始めました。

環境DNA採水入学以来、取り組んでいる研究課題は、『環境DNAを用いた海産魚類の資源量推定技術の確立』です。環境DNAは、自然界に放出されたDNAの総称で、はじめ、湖や川などの淡水域での特定の生物種の在不在を確かめる技術として発展してきました。 近年、その技術が海洋に応用されつつあり、海産魚類の資源量の推定や魚類相のモニタリングの手段として期待されています。環境DNAの研究は、まだ歴史が浅く、未知のことが多いのも確かです。 しかし、この分野は、生態学、水産学、地球環境学、遺伝子工学等が融合した新しい研究領域で、各分野の専門家が緊密に連携したダイナミックなものとなっています。このような生まれたての学問分野に携わる醍醐味は、自分が明らかにした知見が、羅針盤となり、その後の研究の方向性や歴史を刻むことにあります。その分、大きな使命感と責任を感じて研究を行っています。現在、環境DNAの研究は、(独)科学技術振興機構のCRESTのプロジェクトとして、龍谷大学、神戸大学、北海道大学、千葉県立中央博物館、兵庫県立大学、京都大学などが一丸となって取り組んでいます。チーム内での役割分担も非常に機能的であり、特に舞鶴水産実験所は、海洋への応用研究に向けてのフィールド調査の拠点となっています。

環境DNA 濾過環境DNAの実験手法としては、1.野外や水槽からの採水、2.フィルターへのろ過、3.DNA抽出、4.リアルタイムPCRによるDNA量の測定に分かれます。当初、実験所で可能な実験は限られていましたが、先生方のご尽力もあり、今では、一連の実験が全てできるようになりました。 よって、DNA解析までが迅速にできるようになり、研究の立案からデータが挙がるまでが早くなりました。このようなハード面での充実は、贅沢すぎるほどで、ラボワークとフィールドワークのどちらも経験したかった私にとって、ここは限りなく理想的な環境です。さらに、今後も次世代シークエンサー解析のためのPCR実験などの新たな実験系 を増やしていこうと奮闘しています。日頃は、 調査船緑洋丸で丹後海、舞鶴湾での採水 とスズキの仔稚魚の採集などをしています。また、基礎的知見の収集のため 、飼育施設での水槽実験を行っています。調査海域は、丹後海がメインですが、今後、場合によっては、全国に調査フィールドを広げるかもしれません。

【実験所のいろは】
現在、実験所が取り組む研究内容は、1.収蔵標本を用いた魚類分類学、2.調査船を用いた海洋生態学、3.飼育施設を用いた魚類行動学です。学生の研究内容は、1.スズキ、ナマコの生態 2.魚類の分類 3.魚類の学習と行動 4.環境DNAに大別されます 。学生は、そのうちのどれかを研究しますが、博士課程に在籍する学生の専門分野は、全て異なります。そのため、ひとりだけで研究を行う雰囲気がありますが、違う分野の仲間からの学術的指摘は、自分の研究を客観的にみる好機となり、新しい発見が生まれる場合もあります。もちろん、ひとりといってもそれぞれの専門分野の先生方が熱心に指導して下さいますので安心して下さい。

環境DNA PCR実験所では週に一度、セミナーが開かれ、学生は前期と後期に2回程度発表する必要があります。また年に数回、農学研究科の他の海洋系の研究室や他大学の学生を交えた発表会もありますし、学会で発表する機会もあります。また、長期休暇期間中は、 公開実習があり、本学に限らず他大学からも実習生が来所します。そこでティーチング・アシスタント(TA)をすることで、実習生と共に学ぶこともできます。修士課程の学生は、単位を取得する必要があるため、京都市内の北部キャンパスに自力で行く必要があります。また、就職活動等で都市圏に行く場合、時間と費用がかかりますが、皆なんとか頑張ってやっています。学生の多くは、やはり海や魚が大好きで、大自然の中で魚釣りに興じたり、 市場で魚を玄人並みに買ってきたりする学生もいます。このようなことは、市内ではまずできない貴重な経験です。また、不定期に行うBBQや飲み会で親睦を深めています。最近の大きなニュースは、実験所の調査船である緑洋丸が新しく生まれ変わり、船上での調査が快適になったことです。新緑洋丸の歴史が自分の博士研究と共に始まることは、大変感慨深く感じます。このような環境の中、先生と仲間に恵まれ、楽しく有意義に過ごしています。

【受験生へのメッセージ】
入試を控えた皆さんは、試験の事で頭がいっぱいだと思います。しかし、本当に重要なのは、入学後、自分にとって本当に楽しくてやりがいのある研究ができるかどうかです。 そのためには、実際にできるだけたくさんの研究室に足を運び、具体的な研究内容やその場の雰囲気をご自身で確かめて下さい。入試に関していえば、英語と専門科目のオーソドックスなものなので、しっかりと基礎学力をつけて、過去問を解いて入試に挑んでください。また、大学院では、自ら発案し、積極的に研究を進める必要があります。それは、初めのうちは大変ですが、これまで触れたように、楽しければ苦にならず継続できるはずです。少々堅苦しい事を書きましたが、実際は、皆のびのびやっていますので、気楽に研究室を訪ねてきて来てください。最後に、皆さんの健闘を祈念しています。